山中人独語

楽しかった海外旅行のエピソードをつづります。

2016年10月

グルーンロードから見た根子岳
秋深まる・・・・!

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グリーンロード沿いのススキ

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グリーンロードから見た南阿蘇

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グリーンロード沿いのススキ
秋の深まりを感じる光景・・・・

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銀色に輝くススキの穂
秋風になびいている。

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グリーンロードから見た阿蘇山

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高森町から見た東外輪
山頂の凹凸が・・・・絶景!

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東外輪の山麓にある「だいこんや」
郷土料理店

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テーブルや椅子が自然材でなかなかオシャレ・・・・
だご汁を注文する。

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白味噌仕立てのだご汁
絶品です・・・
完食・・・!(笑)

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道の駅「あそ望の郷くぎの」のコスモスを見に行った。
「あそ望の郷くぎの」から見た阿蘇五岳
秋空にくっきりと雄姿を見せていた。

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コスモスは、道の駅横のパークゴルフ場に咲いている。
ところが・・・・
今年は、花の付きが悪い。
熊本地震で手入れがうまくできなかったのだろうか・・・・
あるいは、夏の猛暑のせいだろうか・・・・

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昨年(2015年)のコスモスと比べてみると・・・・・
花の付きが全然違います。

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花が多く咲いてるところを撮影してみる。

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築山の上よりも低くなっているところに多く咲いている。

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種が多く集まるからだろうか・・・・・

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花が多く咲いているところを選んでシャッターを切る。

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秋風に揺れるコスモス

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可憐なコスモスの花

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阿蘇山とコスモス

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阿蘇山とコスモス2

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五百羅漢
雲巌禅寺の裏山にある石仏群
雲巌禅寺から霊厳洞へ続く細道の岩の斜面に安置されている。
この五百羅漢は、熊本の商人渕田屋儀平が、約200年前、24年の歳月をかけて奉納したといわれている。
宮本武蔵が過ごした時代には、この五百羅漢はなかった。

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岩山に安置された羅漢
羅漢の顔には、一体一体個性がある。

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五百羅漢の由来を記した石板
右下をクリックすると拡大します。

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花が飾られた羅漢さん

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前掛けをした羅漢さんも

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五百羅漢を通り抜けると霊巌洞に突き当たる。

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入口に立つ霊巌洞と彫られた石柱

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石柱の横には宮本武蔵の字が・・・・・

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霊巌洞
宮本武蔵が晩年の5年間を過ごした洞窟

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洞窟内部
ここで五輪の書が書かれた。

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格子の中には、石体四面の馬頭観音が祀られている。
暗くて見ることはできない。

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宮本武蔵の五輪の書は、ここ霊巌洞で書かれたと石板に記されている。

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石板によれば「細川家家老沢村大学および戦国時代の武将鹿子木寂心の逆修も彫られている」という。
逆修とは何か・・・石板に書かれている。
右下をクリックすると拡大」します。

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雲巌禅寺(うんがんぜんじ)は、金峰山の西麓にあり、南北朝時代、日本に渡来した元の禅僧東陵永よによって建立されたと伝えられる曹洞宗のお寺です。
なぜ、このお寺が有名になったかというと、境内の裏山に宮本武蔵が晩年の5年間を過ごし、「五輪の書」を著したという洞窟があるからです。
駐車場に着くと、さっそく宮本武蔵像が迎えてくれます。

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台座には武蔵像建立の由来が書かれています。

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この武蔵像に祈願すると、3つの祈願成就があるそうです。
ぼけ封じ祈願もあるそうな・・・・早速祈願しよう・・・・・!(笑)

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駐車場からは、細い下り坂が続きます。

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しばらく進むと石柱が立っています。
「九州四国三十三観音第十四番札所 曹洞宗雲巌禅寺」と彫られています。

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さらに進むと、参道の入口両脇に仁王石像が立っています。
細川5代藩主綱利公の寄進によるものだそうです。
参道奥右手の階段を上がると本堂があります。

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雲巌禅寺
こじんまりとしたお寺です。

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境内には、雲巌禅寺の由来を記した説明板がありました。

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雲巌禅寺の近くには、カフェもありました。
こんなところにカフェがあるとは・・・・
看板がなければわかりません。
駐車場には数台の車が止まっていました。
このカフェを目当てに来る人もいるのでしょう・・・・・

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野出峠の茶屋
夏目漱石が友人の山川信次郎と天水町小天(おあま)温泉へ旅した時に越えたもう一つの峠が野出(のいで)峠です。
現在、茶屋は残っていませんが、展望公園として整備されています。
公園からは、西に有明海、その向こうに雲仙普賢岳、また、南に金峰山を望むことができます。

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公園はミカン畑の中にあります。

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野出(のいで)峠から見た雲仙普賢岳と有明海
この峠に立ってみると、夏目漱石が「草枕」で描いた峠の茶屋は、この野出峠の茶屋ではなかったのかと思わせるほど、強く印象に残ります。

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横島の干拓地も見えます。

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野出(のいで)峠から見た金峰山

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峠の周りには、ミカン畑が広がっています。

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公園化されている野出峠

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公園の一角に立つ夏目漱石の句碑
               天草の後ろに寒き入日かな 夏目漱石
「天草」という言葉は、キリシタン禁制や天草・島原の乱など、負の歴史を背負っています。
そのイメージを「天草の後ろ」という言葉に込め、冬の「寒き入日」と重ね合わせて、冬の情景を表現した俳句です。

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野出峠を見学した後、「かわゆか」で休憩しました。
店の名前がかわゆか~(かわいい~)!(笑)

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だご汁を食べました。
鳥ガラスープをベースにしただご汁でした。
うまかった(美味しかった)あ・・・・!
完食・・・・!(笑)

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